ある禅僧が、修行のしすぎで倒れたときの話
江戸時代の禅僧・白隠は、若い頃、修行に打ち込みすぎて心身を壊しました。頭に血がのぼり、耳鳴りがやまず、体は冷えきっていた。今でいえば、がんばりすぎて燃え尽きた状態です。
そのとき教わったのが「軟酥(なんそ)の法」でした。
頭のてっぺんに、卵ほどの大きさの、やわらかいバターの塊が乗っている。そう思い描く。
それが体温でゆっくり溶けて、頭を潤し、肩に流れ、胸を通り、腰から足へと降りていく。
降りきったとき、頭は涼しく、足はあたたかい。
白隠『夜船閑話』より白隠はこの法で回復し、その後、生涯にわたって人に伝え続けました。
宝珠の栞は、この軟酥の法を、いまの日常に置き直したものです。バターの代わりに、宝珠を置きます。
宝珠とは
天からひとしずく、降りてきた黄金の珠。手のひらに乗るほどの大きさで、ほのかにあたたかく、やわらかい。丸い珠の頭に、ぽこんとへそがひとつ。
特別な何かを授かる話ではない。もともと巡っていたぬくもりに、かたちをひとつ借りるだけ。かたちがあると、意識が置きやすくなる。それだけのこと。
思い描けなくても、かまわない。「あるつもり」で十分。まぶたと同じで、開けようと力むほど、開かなくなるから。
ところで、このかたちを、見たことがあるかもしれません。
お寺や墓地で見かける五輪塔。地、水、火、風、空――五つの元素を、下から石に刻んで積み上げた塔。そのいちばん上、空輪の石が、この宝珠のかたちをしている。
体も、同じ元素でできている。骨と肉(地)、血と水分(水)、体温(火)、呼吸(風)。だから、頭のてっぺんに宝珠をひとつ置くとき――あなた自身が、五輪塔になっている。
塔を建てる必要は、ない。もう建っているから。
まず、内観の法
白隠は、軟酥の法の前に、もうひとつの実践を伝えました。内観の法です。
夜、眠る前。布団の上で、あおむけになります。両脚をそろえて、すっと伸ばします。それから、意識を下半身へ――おへその下(丹田)、腰、脚、足の裏へと、ゆっくり沈めていきます。
このお腹の底は、私の家です。私の故郷です。私の天国です。
この腰は、私の家です。私の故郷です。私の天国です。
この両脚は、私の家です。私の故郷です。私の天国です。
この足の裏は、私の家です。私の故郷です。私の天国です。
白隠『夜船閑話』の観想 ― 如意輪宝珠訳心のなかで、ゆっくり唱える。意味を考えなくて、いい。唱えながら、下半身をながめている。それだけで、頭にのぼっていた気が、すこしずつ、家に帰っていく。
宝珠の法 ― 五つの段階
上から下へ、降りていくだけの順番です。うまくできたか、確かめなくて大丈夫です。
息をながめる
椅子でも、布団の上でも。楽な姿勢で、出入りする息をただながめます。整えようとしなくていい。浅ければ浅いまま、ながめているだけで、息のほうがひとりでに深くなっていきます。
宝珠を、頭のてっぺんに置く
頭頂に、黄金の雫がひとつ、ふわりと乗っているところを思い浮かべます。卵くらいの大きさ。ほんのりあたたかい。乗せようと力まず、「もう乗っている」と置くだけです。
溶けて、降りてくる
宝珠が体温でゆっくり溶けて、頭皮を潤していきます。頭にたまっていたもの——ストレスも、疲れも、静かに溶けていきます。
目に降りてくると、疲れや乾きが、溶けていきます。
耳に届くと、こもっていたものが、溶けていきます。
鼻を通ると、清々しい、よい香りがしてきます。
口の中にあふれると、芳醇な、甘露の味が広がります。
喉をさわやかに通り抜けていきます。
肩に流れて、首と肩のこりが、溶けていきます。
両腕を伝って、リンパも血も巡りながら、指先まで、黄金のあたたかさで満たされていきます。
こわばりのある場所は、通るときに少しだけ時間をかけて。急がせなくていい。雫の速さに任せます。
栄養のある言葉を、そっと添える
流れが胸を通るとき、あたたかいぬくもりで満たされていくのを感じます。そのころ、心のなかで、あたたかい言葉をひとつふたつ、置いてみます。
ついてる 幸せ 大好き
唱えなくても、浮かんだものだけで十分です。言葉も、雫と一緒に降りていきます。
足の裏まで、満ちる
黄金のあたたかさが、体の内側を、ひとつずつ満たしていきます。
胃が、満たされていきます。
肝臓が、膵臓が、脾臓が、満たされていきます。
腎臓が、満たされていきます。
小腸が、大腸が、満たされていきます。
女性は子宮が、男性は前立腺が、満たされていきます。
下腹の奥まで、満たされていきます。
腰が、満たされていきます。
太ももから、膝、すね、ふくらはぎ、足の指先まで、満たされていきます。
こわばりのある場所は、通るときに少しだけ時間をかけて。急がせなくていい。雫の速さに任せます。
体中の悪いものが、黄金のあたたかさに溶け出していきます。溶けたものは消えるのではなく、そのまま、あなたの活力に変わっていきます。
全身が満ちて、頭は涼しく、足はあたたかい。頭寒足熱。降りきったら、そのまましばらく、あたたかさの中にいてください。終わりの合図は要りません。
順序について、ひとつだけ
白隠は、内観の法を先に、軟酥の法を後に、と伝えました。このページの並びも、そのとおりになっています。
力んだまま宝珠を乗せようとすると、雫は降りてこない。まぶたを開けようと力むと開かないのと、同じこと。順番が、すべて。
おわりに
そのまま眠ってしまっても、かまわない。むしろ、それでちょうどいい。
毎日できなくても、大丈夫。うまく思い描けない日も、大丈夫。
歯磨きのように、気が向いた夜にひとつ。それで十分。宝珠は減らない。増えもしない。いつでも、頭のてっぺんの少し上で、待っている。
今夜、眠る前に。
よかったら、ひとしずく。